「これ、誰がやるんだっけ?」
「最終確認って、誰が見るんだっけ?」
仕事が止まるときって、
大きな問題が起きているとは限らないなと思います。
誰かがサボっているわけでもない。
やる気がないわけでもない。
それぞれ動いてはいる。
でも、なぜか進まない。
なぜか確認が増える。
なぜか同じところで止まる。
そういう場面では、
やり方そのものより前に、
役割が曖昧なまま進んでいることがあるように思います。
役割が曖昧なままでも、
その場その場で何とか進めることはできます。
でも、それが続くと、
確認や調整が増えたり、
気づいた人だけに負担が偏ったりすることが出てきます。
今回は、役割が明確になることで
業務が進みやすくなる理由を、少し整理してみます。
「誰がやるか」が曖昧だと、小さく止まりやすい
たとえば、
- 誰が最終確認をするのか分からない
- 修正依頼を誰が出すのか曖昧
- 顧客への連絡を誰が持つのか決まっていない
- 困ったとき、誰に戻せばいいのか見えない
こういうことが少しずつ重なると、
一つひとつは小さくても、
仕事は意外と進みにくくなります。
その場で何とか回すことはできても、
毎回「これ、誰がやるんだっけ?」が起きると、
確認する人も、答える人も増えていく。
すると、
業務そのものよりも、
確認と調整のためのやり取りに時間が取られるようになります。
役割が曖昧だと、「気づいた人が埋める」になりやすい
役割がはっきりしていない職場では、
結局“見えた人”が埋める流れになりやすいです。
これは、以前に書いた
「気づいた人がやる~」にもつながる話です。
本当は担当があるはずなのに、
境目が曖昧だから、
気づいた人が補うしかない。
その場は進むし、助かることも多い。
でも、それが続くほど
役割はますます見えにくくなります。
気づける人、先回りできる人がいると、
いったんは回ります。
でも、それは
役割がなくても大丈夫ということではないと思うのです。
むしろ、
見える人の気づきでつないでいる状態
とも言えるのかもしれません。
役割が決まると、何がラクになるのか
役割が明確になると、
それだけで全部が解決するわけではありません。
でも、少なくとも
「誰が持つか」が見えるだけで、仕事はかなり進みやすくなる
ように思います。
たとえば、
- どこまで自分がやればいいか分かる
- 判断に迷ったとき、戻る先がある
- 確認の相手が明確になる
- 気づいた人だけが抱え込まなくて済む
こういう状態になると、
仕事のスピードだけじゃなく、
気持ちの負担も少し軽くなります。
毎回その場で決めなくていい。
毎回同じ確認をしなくていい。
毎回、空気を読んで補わなくていい。
それだけでも、
現場の疲れ方はだいぶ変わる気がします。
「できる人」だけに頼らなくてよくなる
役割が曖昧なままだと、
どうしても「できる人がやる」になりやすいです。
でもそれは、
できる人にとっては負担が増えやすいし、
できない人にとっては動き方が見えにくい。
結果として、
- できる人はますます忙しくなる
- できない人は自信が持ちにくくなる
- 全体として、仕事の偏りが大きくなる
そんな流れが起きやすい気がします。
役割が少しでも見える形になると、
仕事は「その人だからできる」から、
「この役割なら動ける」へ変わっていきます。
この変化は、
地味だけれど大きいと思います。
いきなり完璧に決めなくてもいい
役割を整理するというと、
きっちり分けないといけないように感じるかもしれません。
でも実際には、
最初から完璧じゃなくてもいいのだと思います。
まずは、
- 誰が最終確認するのか
- 誰が連絡するのか
- 誰が記録を残すのか
そのくらいのことが少し見えるだけでも、
流れは変わりやすい。
大事なのは、
全部を決め切ることより、
曖昧なまま毎回その場で埋めないこと
なのかもしれません。
役割を決めることは、縛ることではなく土台をつくること
役割を決めるというと、
責任が重くなるとか、縛られるとか、
少し窮屈な印象を持たれることもあるかもしれません。
でも本当は、
役割が明確になることって、
仕事を進めやすくするための土台でもあると思います。
- 誰が何を持つかが分かる
- どこで確認するかが見える
- 気づいた人が埋め続けなくて済む
- 流れが少し安定する
それだけでも、
現場はかなりラクになる。
私は、そういう小さな整理があるだけで、
仕事の進みやすさも、
働く人のしんどさも変わるのではないかと思っています。
役割や業務の流れが曖昧なまま進んでいて、
どこから整えたらいいか分からない。
そんなときは、
一度外に出してみるだけでも、
絡まっていたものが見えやすくなることがあります。
必要に応じて、
単発で一緒に業務の流れを整理することもできます。